新年度がスタートし、仕事場の景色も変わりました。
席替えだけでなく、番組キャスター陣も一新。
若手や中堅と呼ばれた面々がメイン席に座り、
ちょっとぎこちなさが見えたりもしますが
番組を懸命に執り回す姿に、遠目でほくそえんだりしています。

【写真=4月からevery.メイン席の鈴木恵理香キャスター】
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私自身、新年度は報道キャスターから少し離れ
本来の「解説業」に極力傾注する日々を送っています。
国政選挙、コロナ変異株、食と経済などなど、
ある意味「何でもあり」の過酷な中身ではありますが(笑)。

年度が替わるちょっと前、私自身は眼鏡を新調しました。
何のことはありません、老眼が進んだだけのことでして。
長年お世話になっている内科医の先生と話していたら、
「伊東さん、眼鏡変えたでしょ?」
「分かりましたか。実はちょっと進みまして」
今更、主語(老眼のこと)を言わずとも伝わる会話。
「はは、順調ですな」と先生。
「順調、ですか?」
「階段の昇りがキツくなったり、人の名前が思い出せないとか、
それと一緒です。年齢を重ねればそれが順調ということです」

以来、新しい眼鏡をちょっとだけ堂々と掛けています。
順調、順調、自分に言い聞かせながら。
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生放送直前、原稿に追い込まれ目尻が吊り上がりぎみの
若手キャスターを横目で見ながら、
「君たちも順調、順調」と心の内で呟いております。
急に季節が入れ替わったような陽気に
春コートなしでも戸外を歩ける日中です。

取材先の南信・駒ヶ根市内で立ち寄った食堂での一枚。
出されたコップが、厚みあるレトロなデザインで、
窓から差し込む陽差しが何とも小洒落た光景を作っていました。
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年度替わりの今、TSB社内もあちこちで机の引っ越し作業中。
花を見上げてもよし、身近なものをじっと見やってもよし。
弥生の終わり、やはりそわそわしますな。
最近、何度も何度も読み返している1冊がある。
『103歳になってわかったこと』(幻冬舎新書/2015年)。
美術家の篠田桃紅(しのだ・とうこう)さんの著書だ。
ご存命であれば、今週末28日が108歳の誕生日だった。

3年前、上田市で開かれた作品展に合わせ
桃紅さんの道程を辿ったドキュメンタリー制作に
関わらせてもらった。著書もその時に購入したものだ。
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海外旅行に行く日本人が年間数万人の時代に、
独り和服姿でアメリカ行きの旅客機に乗り込んだ桃紅さん。
その自由闊達な画風(書風)で世界のファンに愛された。
「誰の真似でもない。私だけの書き方」
「弟子なんかとろうと思ったことは一度もない」
「人はひとりっきりで生まれてくるんです。
そしてひとりっきりで死ぬんですよ」
(テレビ信州のインタビューより)
その力強く歯切れよいひと言ひと言が
見る者、聴く者の背中を押してくれる。
孤独がすなわち寂しいものではない、
孤独とは時に豊かなものである。
桃紅さんの姿勢から、私はそんなことを教わった。
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生涯独身、ひたすら水墨と紙に向き合った
篠田桃紅さん、享年107。
訃報から3週間。あの番組は私にとって宝物である。
使い込まれた木製の机(写真)。
私が小学生の頃、まだ木造だった校舎の片隅に
こんな机があったような記憶がある。

実はこれ、上伊那郡飯島町の小学校で実際に使われていた。
時代は1945年=終戦当時のことだから
学校名も「国民学校」と呼ばれていた時代である。
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この机の中から見つかった"ある物質"が、
当時の伊那谷で「ワクチン」が製造されていた証しだという。
ワクチンといえば世界が感染症に委縮する現代だが、
時は70数年前に遡る。誰が、何の目的で?
その答えは「軍」、つまり日本軍である。

極秘裏に行われていたというワクチン製造の背景には、
終戦間際の軍が進めていた化学兵器に関わる一面も
垣間見えてくる。
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木下歌織アナウンサーが数年かけて取材した戦争史の一端。
今夕18:15~の「news every.」にご注目いただきたい。
長野市から高速と一般道を乗り継いで
北へ向かうことおよそ1時間半。
新潟県境が近付くにつれ、風景が白くなっていく。
下水内郡栄村は大人の背丈を超す雪の中にあった。

「たしかに暖かくはなったが、まあ雪はこんなもんだな」
集落で出会った老人が笑いながら教えてくれる。
長野県北部地震から10年の節目。栄村を訪ねた。
この10年で村の人口は4分の3に減り、
65歳以上の高齢者の割合は人口の5割を超えた。
住民数が1ケタになった集落もあるという。

「地震がなければ、こんなには減らなかっただろうに」
住民が漏らした言葉が重かった。
建て直され、改修された住宅地のすきまで
雪に埋もれた空き地や更地の多くが、
かつて家があった場所であることを忘れがちになる。
それは「復旧」であって、まだ「復興」ではない。
この意味の違いも、忘れてはならないと改めて思う。